熱処理の基礎|焼入れ・焼き戻し・浸炭窒化の使い分けと設計への組み込み方
この記事でわかること
硬くしたいだけじゃないのに焼入れを指定している、熱処理後の寸法変化を考慮していない、どの熱処理を選べばいいか分からない。目的別の熱処理選定と設計への組み込み方を整理します。
1「硬くしたい」だけでは熱処理は選べない
部品を「硬くしたい」ときに何でも焼入れを指定するのは危険だ。焼入れは硬さを上げる一方で、脆くなる・寸法が変化する・材料によっては割れるというリスクを伴う。
熱処理は「何を目的に・どの深さまで・どの程度の硬さにするか」で使い分ける必要がある。
2主要な熱処理の目的と特徴
| 熱処理 | 目的 | 硬さの変化 | 硬化深さ |
|---|---|---|---|
| 焼入れ(全体) | 全体を硬くする | 大(HRC50〜65) | 全断面 |
| 焼き戻し(焼入れ後必須) | 靭性回復・脆さ低減 | やや低下 | — |
| 浸炭焼入れ | 表面だけ硬く・芯部は粘い | 表面HRC60〜65 | 0.5〜2mm |
| 窒化処理 | 表面硬化・変寸が少ない | HV800〜1100 | 0.1〜0.5mm |
| 高周波焼入れ | 局所的な表面硬化 | HRC55〜65 | 1〜5mm |
| 焼なまし | 軟化・加工性向上 | 低下 | 全断面 |
| 焼ならし | 組織均一化・応力除去 | 標準化 | 全断面 |
3各熱処理の詳細
焼入れ+焼き戻し
鋼を高温(800〜900℃)に加熱後、水・油・空気で急冷して硬化させる。焼入れ単体では脆くて使えないため、必ず焼き戻し(150〜700℃に再加熱後に冷却)とセットで使う。
- 焼き戻し温度が低い(低温焼き戻し)→ 高硬度・まだ脆い(刃物・ゲージ類)
- 焼き戻し温度が高い(高温焼き戻し)→ 硬度低下・靭性大(ギヤ・シャフト類)
使える鋼材: 炭素鋼(S45C以上)・合金鋼(SCM・SKD・SKH等) 使えない鋼材: SS400(炭素量が少なすぎて硬化しない)
浸炭焼入れ
低炭素鋼(S15C・SCM415など)の表面に炭素を浸み込ませてから焼入れする。表面は硬く・芯部は粘い「二層構造」になる。
- 使いどころ: ギヤ・スプロケット・カム・ピン——衝撃荷重を受けながら表面が摩耗する部品
- 変寸が大きい: 浸炭層の膨張・収縮で寸法が変化する。精度部品は浸炭後に研削仕上げを前提に設計する
窒化処理
500〜520℃で窒素を表面に浸透させる。低温処理のため寸法変化が極めて小さい(0.01mm以下)。
- 使いどころ: 精密スピンドル・ゲージ・型部品——寸法変化が許されない高精度部品
- 硬化深さが浅い(0.1〜0.5mm): 研削代を取りすぎると硬化層がなくなる。設計時に硬化層の残りしろを確保する
- 使える鋼材: クロム・アルミ・モリブデン含有鋼(SACM・SKD61等)に効果が高い
高周波焼入れ
高周波誘導加熱で表面だけを急速加熱・急冷する。必要な部分だけを局所的に硬化できる。
- 使いどころ: シャフトのジャーナル部・歯車の歯面・ピストンロッド
- 変寸: 浸炭より少ないが窒化よりは大きい。重要部位は高周波後に研削仕上げを入れる
4熱処理の選定フロー
目的は何か?
│
├─ 全体を強くしたい(衝撃+摩耗)
│ → 浸炭焼入れ(低炭素鋼)
│ → 焼入れ焼き戻し(中炭素鋼)
│
├─ 表面だけ硬くしたい(寸法変化許容)
│ → 高周波焼入れ(局所)
│ → 浸炭焼入れ(全面)
│
├─ 表面を硬くしたい(寸法変化NG)
│ → 窒化処理
│
├─ 加工のために軟らかくしたい
│ → 焼なまし
│
└─ 残留応力を取りたい
→ 応力除去焼なまし
5設計への組み込み方
図面への記載
【焼入れ焼き戻しの場合】
熱処理:焼入れ焼き戻し
硬さ:HRC 40〜45(全面)
【浸炭焼入れの場合】
熱処理:浸炭焼入れ焼き戻し
有効硬化層深さ:0.8〜1.2mm
表面硬さ:HRC 58〜63
芯部硬さ:HRC 30〜40
(注)熱処理後 歯面・軸受け座 研削仕上げ
【窒化の場合】
熱処理:ガス窒化処理
窒化層深さ:0.3〜0.5mm
表面硬さ:HV 700以上
(注)窒化前に仕上げ加工。窒化後研削不可
寸法変化の対応
熱処理後の寸法変化を見越して加工する必要がある。
| 熱処理 | 寸法変化の目安 | 設計対応 |
|---|---|---|
| 全体焼入れ | 0.1〜0.5% | 精度部位は熱処理後研削 |
| 浸炭焼入れ | 0.1〜0.3% | 必ず研削代を確保 |
| 窒化処理 | <0.01% | 研削不要(ただし研削代をゼロにしない) |
| 高周波焼入れ | 0.05〜0.2% | 重要部は研削代確保 |
6よくある失敗
失敗1:SS400を焼入れ指定する
SS400は炭素量が低く(0.25%以下)、焼入れしても硬化しない。「硬くなりませんでした」と外注先から連絡が来る。
対策: 焼入れが必要なら最低でもS45C以上を使う。
失敗2:焼入れ後に旋削加工する
焼入れ後の鋼はHRC40〜60と硬く、一般の旋削工具では加工できない。設計変更で焼入れ後に追加加工が必要になると大問題になる。
対策: 熱処理の前後の加工工程を設計段階で整理する。「熱処理前に加工→熱処理→研削のみ」が原則。
失敗3:薄肉部品を焼入れする
薄肉・急激な断面変化のある部品を焼入れすると、急冷時の温度差で割れが発生する。
対策: 薄肉部品には窒化・浸炭(低ひずみ処理)を選ぶ。全体焼入れが必要なら焼割れ防止のための形状見直しを行う。
7社内で説明するときの言い方
上司・設計者に対して: 「この部品は高精度で窒化後に研削できないので、寸法変化の少ない窒化処理を選びます。ただし窒化層が薄いので設計硬化深さを図面に明記します。」
外注先・熱処理業者に対して: 「浸炭焼入れ後に軸受け座をΦ30h6に仕上げる研削加工があります。研削代として片側0.15mm残してください。」
8まとめ
- 全体強化 → 焼入れ焼き戻し(S45C以上)
- 表面硬化・衝撃あり → 浸炭焼入れ(低炭素鋼)
- 精密・寸法変化NG → 窒化処理
- 局所硬化 → 高周波焼入れ
- 熱処理後の寸法変化を設計に織り込む
次のステップ:
- 材料選定の基礎 — 熱処理に適した材料の選定へ
- 表面処理の選び方 — 熱処理と表面処理の組み合わせへ
- 切削加工の設計ルール — 熱処理前後の加工工程設計へ
この記事の執筆者
seigitech 編集部
生産技術・機械設計・自動化・MES・AIを専門とする実務エンジニア集団。 現場での実務経験をもとに、すぐに使える知識とノウハウを整理・発信しています。